フロントエンドエンジニアとして5年ほど働いてたので振り返りとこれから
公開日: 2025-11-10
気が付いたらフロントエンドエンジニアとして5年ほど働いていました。 節目でもあり、様々な出来事も重なった良いタイミングなので、振り返りとして私の変遷を書き記しておきます。
始まりは怒りと悲しみ
私は高校卒業後、地元から離れ、金属をメッキ加工する工場で働いていました。 IT企業とは大きく違い、非効率的な環境でした。 積み上げらてた金属入りのコンテナが崩れ落ち、数十センチ違えば死んでいた実績もあります。
メッキ加工は機械に任せるのですが、肝心の機械が使いにくい代物でした。 どのボタンがどういう動作をするのか、レバーを倒すとどうなるのか、一見して分からない。 出来上がった金属たちを運び出すためのスペースが狭く、スムーズに運び出せない。 マニュアルなどはなく、口頭で作業のやり方を教えられ、ミスをしたら叱責を受けました。
ほどなくして、鬱病を発症し退職しました。
納品に至るまでの作業フローに障壁がなければ苦しまずに済んだかもしれない。 不甲斐なさとどうしようもない無力感から、私の心はやり場のない怒りと悲しみでいっぱいでした。
一度地元に帰り、別の仕事をする傍ら、これから何をしていこうかと悩んでいました。
いろんな仕事を探している中で、IT企業で働いている人たちのアウトプットに目が留まりました。 その人たちは、ITの力で世の中の様々な問題を解決したり効率良くしたりと、楽しそうに働いているように見えました。 いわゆる「キラキラIT人材」というものだったのかもしれません。私は彼らに憧れました。
その中でも、デジタルプロダクトデザイナーという職種に強い興味を持ちました。
過去の自分が感じた怒りと悲しみの感情を、他の人に感じさせたくない。 その思いをこの仕事で昇華できるかもしれない。
この業界を志したきっかけは、そんな想いからでした。
職業訓練校から、Web制作会社へ
スクールや専門学校という選択肢は頭に無かったです。 独学で制作物を作って企業に持ち込めば、何社か受かるだろうと踏んでいました。当時20歳と若いし。
chot.design を見て量産したバナー広告を成果物とし、Webデザイナーを募集している会社に持ち込んで面接に挑みました。 めちゃくちゃ笑われましたね。パスタを食べながら、君は不採用と言われました。面白いから、面接に呼んだと言われました。
独学だとフィードバックを得る機会が少ないと感じ、コストパフォーマンスの良さそうな職業訓練校を選びました。 半年間ほど、Adobeのツールを使い倒し、コードを書きました。
しばらくして、Web制作会社の社長をやっている人が外部講師として来校されました。 訓練校の卒業生も、その社長のもとで働いている人が居ると聞きました。 私は授業終了後、アルバbイトで仕事をしたいと頼み込みました。 やる気を買ってくれ、快諾してくれた時は嬉しかったです。絶賛炎上中だった案件のコーディングを任せてもらえました。
訓練校卒業後もしばらくアルバイトをしていましたが、同じく訓練校を卒業し(その社長の会社に)入社した人から、「うちの会社がコーダー募集してるから来ないか」と誘いがあり、そのまま面接をしました。 面接という名のよく分からない雑談をしたあと、すぐに内定を貰えました。
Web制作会社からWebサービスの受託制作会社へ
Githubが無い、FireWorksで作られたデザインカンプがpngで送りつけられるWeb制作会社に、晴れて正社員として入社しました。
過去の自分であれば、劣悪な職場環境に精神やられてたかもしれませんが、自分の手で変えていきました。 HTMLはEJS、CSSはSCSSとTailwindCSS、jQueryは使わずTypeScriptで書くように、gulpやwebpackを用いるなどして開発環境を整え、自分で自分の仕事を良くしていきました。 IEに対応してないCSSプロパティやES6記法も、ポリフィルやbabelのトランスパイルを駆使して乗り越えたりしてました。 また、WordPressながらライトハウスのスコアを全部緑にすることにやりがいを見出すなどしていました。
デザインカンプはPCデザインのみの状態でハンドオフされていたため、スマホサイズタブレットサイズの調整は全て自分で対応しました。
スマホでも見やすいデザインを自分で考え、その場で実装までしてしまう、この時間が一番楽しかったです。 この記事を書いている現在の私のキャリアに最も影響を与えていると思います。
しばらくしてVueやReactを使ったサービスの開発が流行している情報を目にし、いわゆるモダンな技術を使ってる会社に転職することにしました。
月の手取り14万円で1年ほど働きました。大変お世話になりました。
受託制作会社から、事業会社へ
モダンな技術を積極採用している会社に3年ほど勤めました。 React Next.jsを使ったWebサービスの開発、JAMStackなWeb制作など、たくさん経験を積みました。
フロントエンドとしての技術習得をする傍ら、UIデザイン周辺の勉強もして、デザイナーへの実装提案に参加していました。
またWebアクセシビリティに力を入れ出した時期でもあります。 某社のアクセシビリティスペシャリストにスカウトいただきましたが、 最終面接を終えたタイミングで、会社の上司から「3年はいて欲しい」と引き止められ、辞退することになったりもしました。
紆余曲折あって、サービスやプロダクトを作るだけで無く、ユーザーの生活に良い影響を与えるまでやり切りたい思いが強くなり、転職活動しました。
事業会社へ入社したものの
入社8ヶ月で整理解雇を受けました。 新規事業開発部署でAI SaaSを作っていたのですが、完成する前に事業を畳むことになりました。 会社の経営難と、投資金額が集まらなかったとのことでした。 初期はスピード重視で作っていれば、コアな機能からリリースしていれば、後から反省の弁を述べたところで意味はないのかもしれませんが、結果は違ったかもと痛感しています。
これから何をしたいか
分かりやすく、使いやすく、目的を果たせる、そんなインターフェースを作ることに傾倒していきたいです。 私が過去に感じた感情を、他の人が陥ることがないようなプロダクト作りをしていきたいです。